児玉は手にした花を墓前に添え、線香を手向けた。

 その墓には亡き妻も眠っている。順番からすれば、この墓には自分が一番目に入る筈であったのに。

 妻に先立たれたのは十年前で、一人娘の美恵子はその翌年に離婚し、実家に戻って来ていた。熟年離婚というやつだが、児玉は寧ろ最愛の妻を亡くした直後だったから、心の内では喜んでいた位だった。

 美恵子が大量の下血で倒れ、癌と判り入退院を繰り返すようになったのは、戻って来てから半年後の事だった。

 今思えば、娘は自分の死に場所を父の元に求めて来たようにも思える。

 美恵子は小さい頃から父親っ娘だった。何をするにも父親にべったりだった。そのせいか婚期は多少遅れ、児玉の奨めで見合い結婚をさせた。

 児玉も妻も、美恵子が難儀を示すだろうと思っていたのだが、以外にあっさりと結婚した。

「お父さんが選んでくれた人ならいいわよ」

 ろくに見合い写真も見ず、会った当日に結婚承諾の返事までし、寧ろ両親から時間を掛けて考えたらと言われた程であった。

 墓前で手を合わせながら、児玉はそういった思い出を噛み締めていた。

 美恵子の闘病生活は、児玉自身の人生を180度変えた。

 十八の時に、設立されたばかりの警察予備隊、後の自衛隊に入り、以後防大卒のキャリア以外では珍しい佐官で退役した。

 習志野の空挺師団が創設された時には、所属部隊からの推薦で入り、二年後には教官となり、年に一度のレンジャー訓練には毎年参加していた。

 鍛え上げられた肉体と面立ちは、七十四となった今も名残を残している。

 退役し、防衛庁の斡旋で天下りしたが、殆ど仕事らしい仕事はした事が無かった。

 悠久自適の生活を送っていた児玉の生活は、妻の死に続く娘の病気で大きく変わったのである。

 その事にどうこうといった感慨は湧かなかった。

 全ての時間を美恵子の為に使った。

 想いが様々に駆け巡る中、ふと何気無しに横を見ると、自分と同じように、じっと墓前に手を合わせ佇んでいる男が視線の先にあった。

 初老の男性だが、精悍な面影を離れていながらも感じた。

 そういえば、墓所の待合室で見掛けたように思う。

 その男は児玉の視線に気付いたのか、立ち上がって軽く会釈をした。