梶は階段ですれ違った老婦人を思い起こした。

 上品な面立ちだったが感情の起伏を忘れたかのような無表情な印象をすれ違いながら感じた。

「依頼の内容は?」

「事件の真相と、こいつに関して……」

 天海がテーブルの上に置かれたある人物の写真を指差した。

 そこには、髪の長い美形の青年と、梶も名前を知っている往年の女性アイドル歌手の姿があった。

「このハンサムな青年は?」

「青山貴弘。まだ芸能界でスターになる事を夢見ていた頃のな」

「芸能界……」

「元アイドル。当時は芸名を加納貴と言っていた……」

「この横に居る女性は?」

「ああ、それは関係無い。こっちだ」

 そう言って指を指された部分に目をやると、恰幅のいい年配の男が写っていた。

「……?」

「誰だと思う」

「何処かで見た事があるような気がするんだが……」

「梶さんなんか、結構仕事柄この男の噂は聞いてると思うんだがな……滝沢秋明」

「これが……雑誌や新聞でニ、三度見た記憶はあったが、ちょっと判らなかったな」

「青山の芸能界時代の後援会長だったらしい」

「依頼の内容と関係してるのか?」

「依頼者は、滝沢を調べてくれと言って来たんだ……」

「どういう事だ?」

「青山の祖母は、この男に孫は殺されたんだって言ってる。失踪した直後に警察に孫は間違い無くこの男にたぶらかされてる。この男を捕まえて調べてくれって頼み込んだらしい」

「警察は相手にしなかった……」

「ああ、仮に疑わしき点があったとしても、相手が相手だ」

「滝沢秋明か……」

「こんなもん置いて行った」

 天海が差し出したのは、青山治子名義の預金通帳と印鑑であった。

 梶が手に取って中を見ると、二百万近い金額が預金されていた。

「年寄りが僅かな年金からこつこつと貯めた金だぜ」

「さっき条件は悪く無いんだがって言ってたけど?」

 浮気調査や身上調査でさえ、着手金は五十万前後掛かる。

 それを考えると、二百万位では特別条件が良いとは思えなかった。

「九十九里に土地があるらしいんだ。それをくれるとさ。長年、興信所をやって来たが、成功報酬が土地ってのは……」