「梶さん、今、案件幾つ抱えてんの?」

「はい、ええと、常習窃盗犯一件、少年の傷害致死事件と覚醒剤使用犯の計三件ですが……」

「あのさ、三件です、なんてのんびり構えられては、全然仕事が回らないの。大体がさ、国選の仕事なんだから、ぱっぱと終わらせてくれなきゃ」

「はあ……」

「はあ、じゃないよまったく」

「そうは言われましても、少年の傷害致死事件に関しては、正当防衛の可能性もありまして……」

「まったく……あのね、高々五万かそこらしか国から金が出ねえんだから、何もシャカリキにならなくてもいいんだぜ」

「ですが……」

「屁理屈はどうだっていいんだよ。今はとにかく猫の手を借りたい位なんだから。死んだ親父が、あんたと親しかったからって、甘えてばかりいられたんじゃ困るんだよ」

「甘えて……」

「金にならねえ仕事に何時迄も引っ掛かってねえで、もう少し実入りのいい仕事してくんねえかな」

「お言葉ですが、弁護士の仕事を金儲けの為とお考えなら、それは間違って……」

「理想だけで飯を食わせて貰える程、世間はお人良しじゃねえぜ」

「理想を……理念と言い換えてもいいのですが、それを失っては弁護士ではなくなると」

「あんたと此処で弁護士の在り方とかで議論してる暇はねえんだよ」

「……」

「何だよ、文句が有りそうな目付きじゃねえか。いいんだぜ、何もうちの事務所で仕事を続けなくたって。あんた程度の代わりなら幾らでも……」

 言葉が言い終わるか終わらないうちに、梶はいきなり男の胸倉を掴んだ。

「貴方のお父さんは、立派な理念と理想をお持ちになった弁護士だった。孝さん、貴方だって弁護士を目指していた時はそうだったんじゃないんですか?」

 室内に居た他の者達が、慌てて二人の間に入り、事を納めようとする。

「く、苦しい……手を、手を離せ馬鹿野郎……」

「お父さんが死んでから、まだ何ヶ月も経っていないと言うのに……」

「イ、イソ弁のくせに……き、貴様はクビだ!」

 男の怒号が部屋中に響くと、梶は掴んでいた手を離した。

「も、申し訳ありませんでした」

「今更頭下げたって遅い!出てけ!二度と顔見せんな!」

 梶は茫然としたまま立ち尽くした。