「松山さん、あんた前科者だったんだって?
 履歴書の詐称じゃない。道路工事の警備員て言ったって、一応うちはビルの常駐警備とかもやってて、警察の方に従業員名簿を出してんだよ。前科者が一人でも居ると、何かと信用問題になってくんだよねえ……」

「申し訳ありません……」

「謝ったからって今さらどうにもなんないでしょ。悪いけど、会社の規約上、辞めて貰わなきゃなんないんだ。
 本来なら、こういう突発的な解雇の場合、給料の一ヶ月分を払うとかになってるけど、あんたの場合は、契約上の不履行に相当すっから、昨日迄の分を精算して終わりって事でいいかい。本当ならば、経歴詐称だとそれだって払う義務は無いんだけどね」

「……」

「これ、昨日迄の分。でさあ、あんたあれだって?十何年も刑務所入ってたんだって?人でも殺したの?」

「……」

「まあ、とにかく、現場や一緒にやってた者達も、正直あんたにビビって仕事に身が入んないだよね。俺はさあ、昔警察に居たからそんなの気にしないんだけど、普通の人間はそうじゃねえからな……。
 まあ、悪く思わねえでくれよ。会社の規約だからさ」

 松山は、手渡された薄い封筒を大事そうに押し頂き、深々と頭を下げた。

 出所してから漸く見つけた就職口だった。

 道路工事の誘導員の仕事。履歴書には前科を伏せた。職安の高齢者窓口でやっと見つけた働き口を、僅か十日足らずでクビになった。

 知り合いのつてを頼って働き口を探してみても、元がヤクザで、しかも昔は小さいながらも自分の組を持っていた松山に、誰もが真っ当な仕事など紹介出来る訳など無かった。

 ヤクザ当時、面倒を見ていた縄張内の堅気衆達も、ヤクザの看板が外れた松山に、進んで助力をしようというような人間は皆無であった。

 松山が居た組織は、今は既に無い。

 松山自身が起こした事件がきっかけで、大きな内部抗争になり、結果的には他の組織に吸収合併されてしまい、当時の組織は全く無くなってしまった。

 自分は一体何の為に十五年近くの歳月を塀の中で費したのだろう。

 上からの命令とはいえ、尊い命をこの手で葬ったのである。

 虚しさよりも、意味の無い怒りのような感情に心が支配され始めていた。