事件当時、まだ三十になったばかりだった白川静子が、女優並の美貌であった事と、事件の内容がかなり猟奇的であったが為、マスコミが連日取り上げた。

 夫に愛人が出来、嫉妬の末に三人もの命を手にかけた女。しかも、そのうちの一人はまだ生まれて一歳にもならない赤子であった。

 夫と愛人を包丁で刺し殺し、遺体をばらばらに切断して、近くの川に捨てた。

 これだけでもかなりの残虐性であるが、赤子に関しては、もっと凄まじかった。首を絞めた後、ゴミ袋に入れ、その上から金属バットで打ち砕いたのである。そして、車で山奥迄運び、投げ捨てたのである。

 鬼畜……

 鬼女……

 悪鬼……

 様々な形容詞が、彼女に付けられた。

 近年稀に見る女殺人鬼、白川静子。

 世間は彼女への認識をその一点のみで括りつけた。

 弁護団は、彼女の心神耗弱による、減刑若しくは無罪を主張した。

 数度の精神鑑定の結果は、若干の精神不安はあるものの、充分刑罰の対象に値するものと診断された。

 結果は死刑。

 二審に入ると、一審がかなり長い公判日数を要した為か、マスコミや世間は白川静子の名前を記憶の片隅から消し始めていた。

 別な猟奇的事件がその後に起き、主役が交代したのである。

 二審も、複数の弁護人で戦う予定であったが、引き受ける者がなかなか現れず、梶が自ら再度引き受ける事にしたのである。

 梶は粘り強く、再度の精神鑑定を望んだ。更に、一審では余り触れられなかった夫の暴力と、結婚してからなかなか子供が出来なかった事で、舅や姑からかなり冷酷な扱いをされていた点を強調した。

 それでも判決は変わらなかった。

 梶は最高裁に向けて、量刑不当の線のみで戦う方針に切り替えた。

 情状酌量……

 刑一等免除のせめて無期懲役を勝ち取らねば……

 梶の気持ちの中に、単に弁護士としての使命以上のものが芽生え出していた。

 被告人である白川静子への感情が、ある時期から特別なものに変わって来たのである。

 当時、梶が所属していた法律事務所の代表は、梶の良き理解者であった。白川静子に固執していたのは、弁護人としての強い使命感から来るものであろうと、事務所の代表は受け取り、長い年月の間バックアップした。