「そこのもう一人の御仁は、あたしとはしてなかったのかい?」

 話しの矛先を向けられた野島は、

「多分、無いかと」

「あたしは初物が好きでね。神谷、二階借りても構わないかい」

「いや、一応これでも家には妻がいますから」

「何言ってんだい。奥方がしてくれないような事をしてくれるから、男は女遊びをするんだろう。さ、しよ」

 野島は困惑しながらも、加代子とのやり取りを何処か楽しんでいた。

 神谷と梶は笑っている。

「姐御、うちは売春宿じゃないんだ。二階じゃなく、別な場所で商売してくれないかな」

「加代さん、それに野島さんは警察の人だから」

「いえ、元です」

「ふん、何言ってんだい。商売で抱かれるのはとっくの昔に辞めてんの。初物食いはあたしの趣味。
 それに警察が何だってのさ。客の中には本庁のバリバリだっていたんだから。今じゃ出世して政治家なんかになっちまったけどさ」

「加代さんは充分魅力的なんですが、果たして自分のものが……」

「やだ、本気にされちゃったよ。ジョーク、ジョークだよ。銭金抜きなら、同じ初物でも若い男の方がいいからね。
 ヤマピーあたりならすぐにでも濡れちまうけど」

「ヤマピー?誰だそれ?」

 笑い声が店の中で溢れた。

 時間が止まっているかのように、四人はこの空間に埋もれた。

 新聞配達のバイクの音が聞こえた頃、四人は酔い潰れた。

 カウンターの上には、空になったバランタインの30年が転がっている。

 トイレで目が覚めた神谷は、重い頭を振りながら、扉の隙間から差し込まれた朝刊を手にした。

 三人は寝息を立てている。

 何気無く新聞を開くと、社会面に加代子の写真が出ていた。

『乱脈経営のツケ、会員への解約金未払い数千億円か?』

『西田加代子会長、行方知れず……被害者の会設立も、返金の見通しは暗い』

 姐御……

 加代子の寝顔は、何故か笑っているように見えた。

 あんたは強い人だから……

 神谷は二階から毛布を持って来て、加代子から順番に掛けて行った。