沈黙が再び訪れた。

 加代子のいらつきは徐々に募り、しまいには辻に悪態をついた。腕組みをしながら瞑目している辻の姿は、まるで銅像か何かのようだ。

 小さく窪んだその目が微かに開いた。

「それはそうとして、この儂に頼み事をしに来るからには、相応の手土産を用意してるんだろうね?」

「あんたの方こそ昔から変わってないね。金の匂いがしないと一歩も動かない……。
 眠ってたふりは金勘定でもしてたって訳か。今のあたしに手土産なんてある訳無いだろ」

「いや、あるさ」

「……?」

「六千五百億のダイヤが……」

 加代子の表情が和らいだ。

「あたしに少しは残してくれるんだろうね?
 元はあたしの稼いだ金なんだから」

「勿論、全部とは言わん。あんたが死ぬ迄に充分贅沢出来るだけの分は残すさ」

「じゃあ、頼みを聞いてくれるんだね」

「窮鳥、懐に入るを討たず……」

「かなり強つくばりの猟師だけど」

「儂とていろんな人間を動かさなければならんのでな。その人間達にばら撒く金がかなり高い。
 まあ、金で動く奴程、裏の世界では信用出来るものでね。後は儂に全て任せなさい」

「時間が無いから早くしてよ」

「判った」

 辻が手を叩くと、典子がすぐに現れ、耳元で何か指示をした。頷いた彼女は、加代子に軽く会釈をし、足早に去って行った。

「ところで、儂の所へ来る事はあんた一人の考えでかな?」

「違うよ。男共は皆滝沢のアジトに向かったのさ。あたしはか弱い女だから、一緒に行ったって役に立たないから、あんたの所へ行けって話しになったわけ。澤村君の兄弟分だかの浅井って男がこの家を教えてくれたのさ」

「滝沢のアジトに向かったという事は、かなり状況は切迫しているな」

「だから一刻も争うって何度も言ってるじゃないの」

「心配せんでも大丈夫だ。この先は安心して儂に全てを任せなさい。必ず皆を助けて上げるから」

「頼んだよ、本当に頼んだからね。あんたしかいないんだから」

 加代子の顔が泣きそうになっていた。