急に話を振られ、彼女は目を丸くする。

「あ、はい…。」

黒い瞳を和らげて、少女が曖昧な微笑みを返すと、男もでれっとした笑みを返す。

「可愛らしいなぁ。
使いに女の子が来るなんて珍しい。
こっちの若いのの連れか?」

そんな男の茶化しに、二人は即座に否定する。

「違う。」

「違いますよ。
仕事仲間です。」

ふっと笑んで嘘を口にした黒髪の少女に何も知らない店主は豪快に笑う。

「そうかそうか!
勘違いか、残念だ!

まぁ、あの屋敷は働き甲斐あるだろう?
二人とも頑張れよ!」

「はい、ありがとうございます。」

笑って店を出たが、次の店を探す間に彼女の頭の中をぐるぐると回ったのはさっきの言葉。

─さっきのって、『連れ』って、そういう意味だよね。

─恋人って、意味だよね。

ぐるぐると回るさっきの店主の言葉。

自分の勝手な思い込みだったら恥ずかしいとか、そんな風に見えてるのかとか、さっきからそういうことばかり気にしてしまう。

かぁと火照った顔をマフラーで隠して、ファイの姿のナナセは俯く。

俯く彼女に人影がかかる。
気づいたときにはもう遅かった。
「ぅわっ!」

「きゃ、」

ドン、という鈍い音がして、道行く人とぶつかる。
他に気をとられていたファイは、男の胸板にもろに顔面をぶつけてしまった。

拍子にナナセに戻らないようにするのが精一杯で、案の定隣を歩くルグィンに揺れた身体を抱き止められた。

「すみません…。」

「あぁ、こちらこそ、大丈夫?」

しっかりしろよ、なんていうフードとマフラーでくぐもった彼の声。
肩に伝わる抱き留められた手の感触。
それに人混みのなか後ろからふわりと香るなにとも違う、優しくて切ない香り。

全部、全部が彼女の心を掻き乱す。

─いけない。

─そんなことに気をとられちゃ、だめだめ。

ぶんぶんと首を振って、頭から追い出すと、またルグィンと次の店を目指す。

彼の歩幅は大きくて、でも少しいつもより小さめに歩いてくれる。

しばらく彼の右隣を歩いていると、ルグィンがぼそりと呟いた。

「…手。」

それだけ言葉を落として、彼は右手を差し出した。