「あら? 吉井さん?」
その声にドキリとして振り返る。
「珍しいのね。吉井さんが指導室から出てくるなんて。何かしちゃった?」
冗談っぽくおどけるように言いながら、だいぶ先を歩き去るセンセイの方向をちらっと見た、その人は香川先生だった。
――見られてた!
別にやましいことは、してない。
けど、見られた相手が複雑な思いにさせる相手。
……だって。
いくらセンセイが『何もない』って言ったって、香川先生がセンセイに気があるのは事実だと思うし。
聞くの忘れたけど、あの日の助手席の人はやっぱり香川先生かもしれないし。
そんな恋敵的存在の人に、私とセンセイの時間に介入して欲しくない。
生徒という自分の立場より、なんだかんだ、教師という香川先生の方がたくさん時間を共有出来て、話も出来て……。
そんな醜い嫉妬、したくなんてないんだけど。
でも勝手に溢れてしまう。
「……それとも、何か特別な話とか?」
「ただの雑談です」
「雑談ねぇ」
香川先生は探ってる。
私なんて、他の女子生徒の中の一人と思えばいいのに。
香川先生の顔は崩れることなく、いつもの笑顔。
でも、心はそうじゃないのが不思議とわかる。
「じゃあ、さようなら」
何か居心地の悪い空気を感じて、私は軽く会釈をしながら挨拶をして帰ろうとした。
「興味なさそうだと思ってたけど、吉井さんも案外他の生徒と同じなのね」
「はっ?」
「いいえ。なんでもないわ。さようなら」
柔らかい、いつもと同じ笑顔。
その裏がどうなっているのか。



