雨、ときどきセンセイ。


恩……師……?


「それって」
「ああ、マズイ。もうこんな時間か」


私の言いかけた言葉をワザと遮ってセンセイは腕時計を見ながら出口へと歩き出す。


「センセイッ……!」
「ほら。陽が完全に沈む前に帰れよ、病み上がりの病人」


一瞬で切り換えられてしまった。
いつものセンセイに。

ドアを開けてしまったセンセイを見て、今日はもう無理だな、と諦めた。

私がそこを出るまでセンセイはドアを開いて待っていてくれる。
そのセンセイに一番近いところで立ち止まり、見上げた。


「……邪魔。残業時間がさらに伸びる」


体だけじゃなくて、心もこんな風に近づけたんだけどな。

でも、タイムアップか。


渋々私がセンセイの傍を離れると、センセイはドアを閉めてカギを掛けた。

斜め後ろに立ってセンセイが振り向くのを黙って待つ。
そして振り向いたセンセイは私を見た。


「……ほんと、その目、やめて欲しいくらいだ」
「そう言われても」


別になにか故意にしている自覚もないんだけど、センセイは肩を落としてそう言った。


「そんなに似てると思う?」
「さぁ。ただ……自分を思い出すキッカケには充分だ」
「高校のときの、センセイ、か」


どんな生徒だったのかな。
やっぱりその頃から変わらずモテて、女子に囲まれたりしてたのかな。

でも、そんな誘惑にも負けず、一途にその“恩師”を想っていたのかな。


「見過ぎ」


センセイは一言そう言って、私の頭を軽く小突くと、「じゃあな」と言って私を置いて歩き出す。

追い掛けようにも、職員室と玄関は反対方向だからここで別れなければいけない。
ただ追い掛け回すのなら、他の女子とおんなじだ。

それでもまだ名残惜しくて、センセイの背中を見て躊躇っていると、センセイが急に足を止めた。


「吉井」
「はっ、はい?」
「わざわざ悪かったな、サンキュ」


そのお礼の言葉と、微妙に口角が上がった僅かな微笑みに、何度でも目と心を奪われる。

だからこんな静かな場所でも、近くに誰かいたことなんて、気づく余裕もなかった。