「若い時のことだ。まぁ、だけど『忘れられない』なんて言ってるあたり、吉井と同じだろ?」
センセイの顔が、元に戻った。
それでも、いつもの担任の時のセンセイとは違って、少し柔らかい表情だけど。
ククッと笑って言った、その『同じ』の意味がわからなくて、私は困った顔をした。
そしたらセンセイは、意地悪い顔をして言う。
「“しつこい”とこ」
「……なッ」
きっと顔が赤くなったと思う。
夕陽でごまかせてたらいいんだけど。
「そっ、その人は……ピアノを弾く人だったんだね」
だから昨日私に、「ピアノ弾くの?」と聞いたり。そもそも音楽室に居たり。
センセイの手の中にあるクリップの形がそれを証明してる。
一体どんな女性(ひと)なんだろう。
ピアノの上手な同級生? 先輩? 後輩?
きっと素敵な、魅力的な人。
そうであって欲しいような、でも、ちょっとくらい、私にも届くようなところのある人だったらいいな。
本当に手の届かないような、完璧な人だったら太刀打ち出来ない。
まして、もう戦線離脱してる相手なら余計に超えることは難しいだろうから……。
センセイが、吸い込まれるように、また窓側へと歩いていく。
そして今日一番赤い光を受けて、静かに語る。
「こんな夕暮れの時だ。決まって聞こえてくる音色に誘われた」
センセイは私を見ないで独り言のように続ける。
きっと鮮明に、まるで生徒指導室(ここ)が、そのセンセイの思い出の音楽室(場所)であるように思い出して。
「ほんと、尊敬する……恩師だった」



