「梨乃っ。ごめんごめん!」


その時、教室に駆け込むみっちゃんの声が聞こえた。


「あー。間に合った! お弁当箱持ってきて貰ってごめんねー。トイレ混んでてさ」


矢継ぎ早に話をするみっちゃんが、ようやく私の近くにいた水越に気がついて口を閉じた。


「あー……と、邪魔した?」
「もう、みっちゃん!」
「はぁ……。谷川は気ィきくんだかきかねぇんだか」
「えへ。じゃ、席外すから」
「もういいっつーの!」


みっちゃんと水越のやりとりを、ただ間に立って見ているだけ。
みっちゃんが本当にその場から居なくなろうとしてたけど、水越が教室の時計を指してわざとらしく溜め息を吐いた。

そしてちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、私たちはそれぞれ席に着いた。


……とりあえず免れた、な。


けど、解決はしてないわけで。
水越になんて言おうか……。

やっぱりその気もないのに気を持たせるような行動は出来ない。


机の中からキャンバス地の手帳を出して中身を開く。
手帳についてるファスナーのポケットの中から、私は銀色に光る小さいものをそっと取り出した。


ト音記号を象(かたど)った薄めのクリップ。

よくみると、小さなキズがたくさんついていて長く使っていた感じがわかる。
キラキラと、というよりはそのキズで鈍く曇ったように光っている。

昨日、センセイが持ってきた封筒に紛れ込んでいたもの。

きっとこれは、私に渡そうとしたんじゃない。

そして多分、センセイはこれを探しているはず――。