あれから、しばらく海沿いを車で走って、外国船も訪れる大きな港へと到着した。


車を降りて、歩いて行くと、大きな観覧車がゆっくり回って、この辺りで一番の公園には休日をのんびり過ごす家族連れやカップルが溢れている。


休憩がてら海風を肌で感じるベンチに座ると、ちょっと待っていて。と伊澤さんは少し離れて、それからすぐ戻ってきてくれた。


温かい紅茶と缶コーヒーを持って。


変わらず優しい人だ。お礼を伝えると、ふっと太陽みたいな笑顔を見せてくれた。


「ちょっと海風強いな。寒くない?」


大丈夫だと微笑むと、彼は少し考えるそぶりを見せて話始めた。


この前、結婚を前提にと言ったことは、本気でそう思っている。


けれど、もし私が、結婚を望んでいなかったとしても、それでも構わない。


形がどうであれ、一番近くで、色んな時間を共有して、私が幸せであれば、どんな形でも自分は構わない。と


そんな風に思ってるとは、思わなかったので、ちょっと、言葉が出てこなかった。


「ごめん。色々先走っていることは分かっているつもりなんだ」


見上げた彼の横顔には少し憂いがあるが、真っ直ぐな思いは消して曲がらない。


「でも、今まで言えなかった分、正直にありたいと思って…」


私があまりに反応を示さないので、彼は会社で一度も見せたことのない、やってしまった...というような、眉を八の字に下げて、とっても後悔している表情を見せた。


そんな彼の様子が物珍しく、なんだか決まりが悪いこの空気もだんだん可笑しくなってきて、


思わずくすっと笑うと、彼は不思議そうにしていた。



私がだんだん深みにハマって、笑いながら涙も出てくると、



そんなにおかしい?と彼も困った顔で笑っていた。



ようやく落ち着きを取り戻すと、彼に伝えたくなった。



「わたし、何もないって言ったじゃないですか。本当に何も持ってない」



彼は真剣な表情で耳を傾けながら、首を横に振る。


けれども、私はむしろ、失ってばかりだった。と続けた。


「そんな私を、伊澤さんが必要としてくれたことが、本当に嬉しかったんです」


自分の立ち位置もよく分からなくなり、力無く部下も守れず、プライベートもいつも上手くいかない。


こんな人生がずっと続いていくのかもと、漠然とした不安を抱いていた。


そんな中、ずっと見守っていてくれた人が側にいた。


わたしのことを認めてくれる人がいたこと。



一番嬉しかったのは、こんな私を大切に思ってくれる人が「あなた」だったこと。



それが、私を見えない迷路から救ってくれた。



今はまだ、伊澤さんが思ってくれるほど、何か返せる自信はない。



でも、伊澤さんが私と一緒にいて、少しでも笑顔になれるように頑張りたい


そして、いつか、自分にちゃんと自信が持てたら伝えたい。



あなたとずっと一緒に居られる約束を。



今の私の精一杯の気持ち。



彼は穏やかな表情で沈む夕陽を眺めながら、私の言葉にしっかり頷いてくれた。



私たちの初デートは、素直に思いを伝える、そんな小さな一歩から始まった。