女が一人、目の前にいるだけだ。
ただの女人ではない。
薄い茶色の洗いざらした直垂を身にまとい、籠をその背に担いで歩く女、莢である。
天冥は妖かしを相手にするつもりで、それこそそ奴が襲い掛かってきたら、
術で真っ二つにしてやろうと考えていたので、天冥は慌てて印を引っ込めた。
(莢?)
なぜ、莢だ。天冥は己の優れた呪力、方術に強い自負を持っていた。
だからこそ、妖かしの気配と人間の気配を違えるなど、あるわけがなかろう、と自問した。
「多優、さん?」
目の前の、貴公子たる恰好をしているくせに、顔立ちと風貌だけが妙に荒んでいる男を前に、
莢はわずかに怖気づいたのか、窺うように問うた。
「どうされたのですか、そんな怖い顔をして」
ふう、と見る見るうちに妖かしの気配は薄くなってゆく。
もしや先ほどの妖かしどもの気配が残っていただけかもしれぬ。
無理に不信感を拭い去り、天冥は自分を直視する莢から目を逸らした。
「いいや、どうも、しない」
天冥の口調はぎこちない。
莢が来た途端に妖かしの気配がした、という矛盾に対しての不信感もあるからだが、
一番の理由はやはり、相手が莢だからである。
そういえば十年以上も前のことになるが、莢が生きていた当時も、彼女と話すときは常にぎこちなかった。
まっすぐ人を見る莢の目を、多優―――天冥は常に見返せず、まともに会話もできなかった。
十一年前の二の舞である。


