「清明様には、聞こえなかったのでございますか」
人の姿に戻った蓬丸が、うつむいて呟いた。
それを聞き、清明は木辻大路に入る寸前で歩幅を縮めた。
「遠子様が、言うておりましたよ。どうして急に、姫様と呼ぶのかと聞いておりましたよ」
清明は振り返らなかった。
貫禄こそ微塵も感じさせない背中だったが、妙にしゅんとしていて、
よりいっそう悲哀の風情が増していた。
式神は、依然説明したとおり、察しが良い。
特に主の心の内は以心伝心の如くだが、他人の思うことも、時に見抜くことができるらしい。
「姫様だから、さ・・・」
清明の声が脆弱に発され、地に滲みこんでゆく。
「あの方は藤原家の御姫、本来であれば、姫、と呼ばねばならない」
「―――遠子様は、ひどく悲しんでおいででした」
「いいのだよ」
清明は悲しげに言うのだった。
「いいのだよ・・・あの方も、もうしばらくすれば源氏に嫁ぐ。
そうすれば、もう悲しくも寂しくもならぬだろう」
これで冴子姫を失ったことへのへの悲しみなどは埋まるわけがない。
しかし、あの源氏の御方さえいれば、清明のような小物を頼らずとも、
もっと有力な陰陽師の手を借りられる。
ずっとあの貴公子が守ってくれる。
それで良いではないか。
「清明様を頼ってくれる人が、またいなくなってしまいます」
「もとより、私などきを頼ってくれる人など、おらぬよ」
「清明様だって、嬉しかったくせに」
蓬丸が言った。
「人を助けて、誰かのためになって、お礼まで言われて、嬉しかったくせに―――」
「・・・そなたは、いい子だよ。私の味方にも、遠子様の味方にもなってくれる」
清明はそっと、いたわるように蓬丸に寂しげな微笑を向けたのだった。
たしかに、頼ってくれる人がいないと、心細いかもしれない。
自分で追い払ったくせに、だ。
人のためになることと、人を巻き込むことは、類似していて矛盾していると言えてもいい気分だった。


