未だに座ったままのミーアが腹を抱えていらっしゃるのは、この際無視する。


受け流すことも大事だって、最近学びましたので。


いっそ最後尾から片付けようとパイプ椅子の背もたれに手をかけたときだった。うしろから覆いかぶさるように、誰かが私の手を掴んだ。


「俺が運んでやるって」


なんっで追い掛けてくるかなあ……。


振り返れば李堵先輩が薄茶の瞳を細めていた。


なんて美しい顔なのかしら。至近距離の微笑みとか胸にグッときて困っちゃうわ。込み上げる吐き気的な意味で。


「じゃあこれよろしくお願いしま」

「楓鹿いつ暇?」


ハイ出ました。必殺、人の話を聞かない。


「どこでも好きな場所に連れてってやるよ」


……本当、出会ったころから変わらないな、この人。


気だるげな雰囲気。女を見下すような目付き。ラフに着崩された制服も、適度に付けられたアクセサリーも、見慣れたけど。


「旅行するとしたら、どこ行きたい?」


向かい合っているのに手を放さないのは、いただけない。


「宇宙」

「……それは遠くね?」

「月に立ってみたい」

「遊びのスケールでかくね?」

「それくらい余裕でしょう、李堵先輩なら」


どこの貴族デスカ?ってくらい、お城みたいな豪邸に住んでいる三男坊ですもの。


「俺、温泉行きたいんだけど」


その見え見えな下心と言う名の煩悩を寺で抹消してくればいいのに。