バンビ先輩は口をつけたグラスを置いて、また俺に視線をよこす。
「……なんすか。じっと見て」
誘ってんのか。まさかな。
「んー……べつに、なんでも。虎鉄ってポーカーフェイスなのかなーと思ったけど、違ったみたい」
頬をゆるませるバンビ先輩はベッドにもたれ、再びテレビを見始めた。かと思えば、ずるりずるりと体を横に倒していき、俺に寄りかかってきた。
誘ってんだな。
「わ、見て美味しそう」
どっちだよ! テレビを指したバンビ先輩に、手を出しかけた俺は踏みとどまる。
右半身がじりじりと熱くなってきてしまっては、番組内容など頭に入ってこない。
微かに香る、わたあめみたいな甘い匂いも。少し体を動かすたび聞こえる、衣擦れの音も。裾や襟元から覗く、白肌の柔らかな曲線も。男は持たない、女特有のそれで。
俺はこんなにも意識させられているというのに、あまりに無防備だ。
「……、あれ?」
気付けば番組が終わり、CMに切り替わったときだった。何かを察したバンビ先輩が俺に預けていた体を起こし、背後の窓に目を遣る。
「雨?」
その言葉に見向くと、窓の向こうでサァッと風に流された雨が目視できた。
「ええ? 明日からじゃなかった? さっき夕方から雨って予報流れてたっけ?」
そこはかとなく可笑しそうに言ったバンビ先輩は、天気予報などほぼ見ていなかった為に反応しない俺へ目を向ける。
かちあった互いの目に、胸の奥で雨粒ひとつ分の波紋が生じたようだった。



