「目を覚ましてください! バンビ先輩ともあろう人が、なしてトラなんかと!? 今ならまだ引き返せます!」
きゅうの悲痛な訴えが、陽の傾いた空に響く。
「高遠の幸せは自分の幸せじゃないんだ」
「トラなんか、なんて言ったら楓鹿がむつけるよ」
「ファッ!? 違うんですディスってるわけじゃないんですバンビ先輩の幸せはもちろん自分の幸せです! でもトラですよ!? 銀髪強面の猛獣ですよ!? いいところなんて頑丈な肉体を持ってるくらいですよ!? 気の迷いだと言ってくださいよバンビせんぱあああい!!」
うわあああ!と頭を抱えるきゅうを、バンビ先輩は苦笑しながら宥め、三井先輩と深山先輩はイジっているのか笑っている。
「あーあ。きゅうの奴、ご乱心モードに戻んの早ぇなや。あれ止めんの大変だったんだぞ」
ゴーレムに貰った黒糖饅頭をむさぼりながら、バクが俺の顔を覗き込む。感謝しろってか。しねえわ。
「覗き見なんて趣味ワリィことしてんじゃねえよ」
「覗いてねえでば。みんなで仲良くレッツ聞き耳」
耳殻に添えた両手をひらひらと揺らすバクを下水道に流したい。どっちにしたって、ろくでもねえよ。
聞いたところによると、バクときゅうと深山先輩は資料室のドアの外にいたらしい。そこに部活を終えた三井先輩を迎え、様子を窺っていたのだとか。
つまりほぼ全ての会話を聞かれていた。
李堵が去って告白を受けてから暫くして、全員がにやけ顔で資料室に入ってきてからというもの、バンビ先輩は何度も『ギャー! イヤーッ!』と叫んでいた。



