一瞬でキスできる距離に顔を背けるも、無防備になった右頬や首筋に、顔を近づけられることになった。


甘めのムスクへ変化した、覚えのある香りが記憶を刺激する。


そうだ……。李堵先輩はこうやって立ってるときは、太ももを撫でてくるんだ。下から上に、その手が腰に伸びたとき、必ずキスされる。


どうしよう。脚が動かない。こういうときどうするんだっけ。左手じゃ利き手に劣る。押しても叩いても離れないし……ていうか、震えそうなんですけど。


こんな好きでもない男に密着されると、痴漢されたときのことまで思い出すんですけど。


ああでも、あのときも、あのときも、手足の自由は利いたから反撃できたんだった。


すごく怖かったけど、自分でなんとかしなくちゃって、何度も心を奮い立たせた。


……可愛いだけじゃ幸せになれないんだ、って思い知らされた。


元カレだけじゃない。李堵先輩にも、越白先生にも、同じ高校に通おうねって約束した、初めての彼氏にも。


「楓鹿」


腰に回されていた手が背けていた顔に移動する。


刃向かうことなく顔を見合わせ、白くてなめらかな頬を指先で撫でると、李堵先輩は微笑んだ。


……この笑顔に何回、いろんなことを曖昧にしたっけ。


いつも綺麗な人に囲まれているこの人と付き合っていたとき、私は本当に彼女なのか、不安になってばかりいた。