夜の住宅街に、小さく乱れたふたり分の呼吸が沈んでいく。


僅かに離れただけの距離で、頬を紅潮させたバンビ先輩を見つめ返していると、自然と口元がほころんだ。


「口先だけじゃねえって、証拠」


また歯止めが利かなくなりそうだから、最後に一度だけ額に唇を落とす。背を起こした俺へそろりと目だけを向けるバンビ先輩は、怒る様子もなく浮き足立っていた。


喜ばれるとも思っていなかったが、放心にほど近い反応をされるとも思っていなかった。


足技を繰り出されないだけ、期待してしまうんだが。


「……じゃ、また明日」


まあ思い悩んでくれ。ここまでしたんだ。口先だけだの、先輩をからかうなだの、さすがにもう言えねえべ。


踵を返した俺は、なかなか聞こえない生活音に振り返る。


「先輩、家に入ってくださいよ。送った意味がねえ」


いつまでも突っ立っていそうな気がして言い足すと、固まっていたバンビ先輩はハッとして、急いで自宅に繋がる外階段を駆け上がって行く。


外まで漏れてきたドタバタと階段を上る音やドアを閉めた音につい立ち止まっていれば、


「防犯ブザー鳴らすの忘れた!!!」


と頭を抱えていそうな大声が聞こえ、今さらの反応がそれかよ、と笑ってしまった。



鳴らし忘れたってことは、そういうことだろ? 先輩。



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