―なぜ、あんなに簡単にひとに触れることができるのだろう。

街の半分を埋めるカップルを見るたびに、文佳は砂粒ほどの侮りとともに、不思議に思う。

子供の頃、文佳は言葉が詰まるたびに親に叩かれた。

帰宅が遅れた。

テストが悪かった。

お茶碗をひっくり返した。

殴るだけの理由ではなかったけれど、殴られる理由なら存在した。
文佳は、意味のないDVを受けたわけではない。たぶん。

だけど、文佳にとって、『腕』という代物のスタンダードな使用方法が、振り上げ⇒勢いをこめ⇒平手打ち、となったことだけは、親を恨んでも好いと思う。
翳された手のひらは、痛みの前触れだ。

もちろん、十九歳になったいまでは、他の使い道があることも心得ている。
それが、古今東西にありふれた、陳腐かつわかりやすいしあわせを生むことも。

でも―それは、アタマだけの理解。

ヘビースモーカーが禁煙に踏み切るのに屁理屈×100コ分の決心が要るのと同じように。
刻み込まれた習性を消すことは、神様にだって難しい。

だから、一生自分はこのままなのだと、信じたくもないのに、一途に信じていた。