病室に戻った後、お母さんは暫くして家に帰って行った。お母さんの表情が歪んだのはあの一瞬だけ。

それからはいつも通りの顔に戻っていた。


ひとりになった部屋で私は上半身を起こしベッドに座る。そっと左胸に手を当てると、ドクンドクンと心臓の鼓動が伝わってきた。


もし心臓移植を受けたら、私の胸には大きな傷跡が残るだろう。


それに移植を受けられたからと言っても100%安心という事はない。

手術後の拒絶反応や合併症、それに感染症といった症状にも注意が必要らしい。


でも私は手術後の事なんてあまり気にしていなくて、

ドナーが見つかる事も、その後の人生も全て生まれた時から決まっている運命なんだから

私はそれ通り生きるだけ。


そんな事を思っているとカーテンの隙間から夕焼けが見えた。

そう言えば今日はまだ1度も外の景色を見てない気がする。


気付くと私は部屋を出て、ある場所に向かっていた。それは病院の屋上。

この前まで夏だったのに今はもう9月半ば。屋上は少し肌寒かった。


私はパジャマの上に羽織ったパーカーの袖を手の半分まで伸ばし、ヒンヤリとしている手すりを握った。


屋上から見える景色は夕焼けに染まる私が育った街。

ビルや建物が多くて空気は悪いけど別に嫌いじゃない。


その時、ビルとビルの隙間から電車が通るのが見えた。

私はあれに乗って毎日学校に通学していた。


親は何かあるといけないから地元の高校に行くよう私を説得したけど、それを聞かず電車で2駅の公立高校に入った。


おかげで電車通学という憧れは叶ったけれど本当は7駅離れた制服の可愛い高校に行きたかった。


私の選択は常に病気優先。でも親の言う通り何かあったら迷惑するのは私じゃなく周りの人達だから。

それを私は何度となくこの目で見てきた。