「……………な、」



声にならなかった。


靴も脱がずに立ち尽くした維奈は、全身がぐっしょりと濡れていて。


傘は確かにその右手に握られているのに。


開けた形跡もなく、しっかりとマジックテープの留め具がされている。



「……お、い………ゆい…維奈…?」



ただならぬ雰囲気、なんてもんじゃない。


あんなに元気よくぴょんと跳ねていたポニーテールは死んだようにぐったりしていて。


ふわっとしていたシフォンチュニックはぺったりと身体に密着している。


それより。



「ぅ、たろ、…たろぉ、ちゃんっ……!!」





なんで維奈が―――――泣いてんだよ。




「っ、おい!!なにがあったんだ!!そんなずぶ濡れになって…!!なぁゆい、」



今にも消えてしまいそうな身体を支えようと慌てて伸ばした腕は。


維奈に触れるより早く、



「ふぇっ…うく、ぅ、ひっ、うわぁぁぁんっ……!!!!」




―――おれの身体ごと、強く抱きしめられた。




「……維奈…」



維奈の髪から雫がぽたりと伝った。


それがおれの頬を濡らして。


……なんだか無性に、泣きたくなった。



「………………おかえり、維奈」



他にもいっぱい言ってやりたいのに。


どうしてか喉が張り付いたみたいに苦しくて、声を出すことはおろかうまく呼吸さえできなかった。






―――止まない雨音が、なにかを掻き乱す。