幸とは、山内家の三姉妹の長女である。


幸花とは10歳ほど年が離れており、


既に結婚し、何人もの子をもうけている。


恐らく、山内の名は、幸の子供が継いでくれるだろう。


だから、他の姉妹が結婚しなくても、山内の名前が消える心配は無かった。


しかし。


「結婚しないなんて仰いますな。後ろ指差されますよ」


当時、結婚しないということは、あまり良いものではなかった。


男ならまだしも、女は結婚して亭主に使えるのが当り前の世界で、


結婚しない人生を送るのは、相当厳しいものがあった。


「・・・嫌なものは嫌なの!まだ自由に人生を過ごしたいのよ」


かちゃん、と荒々しく食器と食器がぶつかる音が部屋に響く。


ここのところ、幸花とタマは、幸花の結婚のことで衝突することが多かった。


「とりあえず」


この話をしたところで、埒はあかない。


タマは咄嗟に話題を切り替えた。


「幸枝様のご結婚は喜ばしいことなのですから、心からお祝いいたしましょうね」


「・・・はーい」


紅茶の表面に浮かぶ彼女の顔は、あまりに苦く、しぶかった。