「てめぇっ、那智の前でンなこと言うんじゃねえぞ!」


「何よ、本当のことじゃない。
今時いないわよ、兄貴を様付けにしてる奴なんて。

どっかのお坊ちゃんだったらそれも有り得るだろうけど?
この現代社会で様付けするなんて、よっぽどの箱入り息子か、ブラコンか、あんたがそう強要させるかのどれかよ」


「那智の好きに呼ばせてるだけだッ、あんま言ってるとシバき倒すぞ!」
 
「何? あんたブラコン?」


「っるせぇ! これ以上っ…、那智!
大丈夫だ、落ち着け。
てめぇは何も悪くない。これはてめぇのせいじゃないんだぞ」
 

俺の後ろにいた那智が大きく動揺し始めた。
 
「兄さまが悪く言われてる…、おれのせい?」

何度も言葉を反芻しては動揺に動揺を重ねている。

那智は俺のことになると極端にナイーブになる。

悪く言われてしまったと動揺に動揺をしているんだ。


あんま動揺し過ぎると、今度は過呼吸を起こす。

それを知ってるからこそ、俺は那智に落ち着くよう言った。


身を震わせている那智は「おれのせいだ」と青褪めた。

だから兄さま、叩かれるんだ。
おれのせいだ。

過去をほじくり返す那智は落ち着く気配が無い。

嗚呼、完全に過去を思い出してやがる。
まだ家を離れて一年、俺も那智も簡単に心の傷が癒える筈もねぇ。


ついに那智は動揺がピークに達して、ごめんなさいを繰り返し始めた。狂ったようにごめんなさいを繰り返す。

あふあふ息をするのも苦しそう…、過呼吸一歩手前だ。
 

「那智、落ち着けっ、ちょっと休もう。な?」


心臓の音を聞かせて、俺は那智の頭を撫でる。

「ごめんなさい」

繰り返す那智はちっとも平常心を取り戻せていない。
こんなに取り乱すなんて、久しぶりなんじゃね?


俺は怒りの矛先をナナシ女に向けた。