目に飛び込んできた病室風景。

全快された窓、揺れているカーテン、向こうには晴天。

暖かな日差しを浴びながらベッドの上で絵本を呼んでいる怪我人。
 
熱中しているのか、真剣に絵本と向き合っている。

珍しいことにベッドの上には兄弟の内、弟だけしかいなかった。
兄は手洗いにでも行ったのだろうか。

 
もう、そういう年頃でもないだろうに、「そこでヘンゼルはこう言ったのです」弟は絵本の文字を声に出して読み進めている。

没頭しているためにノックが聞こえなかったのだろう。

益田と柴木はある意味チャンスかもしれない、とアイコンタクト。

滅多なことでは平常心を保っている弟と話す機会がないのだ。


大抵、受け答えするのは兄の方。
弟は自分達から身を隠してしまう。


事情聴取の際は無理に引き離すため、ビクビクのシクシクでそう簡単に語ってくれることはない。

兄が不在の今が絶好のチャンス。

頭の回転が速い兄よりも、弟の方が揺すり等が効くだろうから。


「こんにちは」


柴木が絵本を読んでる那智に声を掛ける。

ビクリと驚く那智は絵本を滑り落とし、「ぁぅ…」目を泳がせ、指遊びをしながら取り敢えず挨拶を返してくる。

なるべく動揺させないように努めて優しい表情を浮かべながら、柴木は上司と共にスツールへ腰を下ろす。

「お兄さんは?」柴木の問い掛けに、「ぅー…」唸り声を上げて俯く。


酷く他人に怖じている様子。


かと思いきや、「ぉ…てぁ…らぃ」と聞き取り難い声でお手洗いに行ったと告げてくる。
ついでに飲み物を買って来るって…、モジモジのビクビクで言ってきてくれる。


どうやら弟は他人と喋る事が極端に苦手なようだ。


そうか、益田は相槌を打って絵本に目を向ける。

『ヘンゼルとグレーテル』と題された絵本、好きなのかと益田が問い掛ければ、うんと小さく那智が返答する。