ただ―…。
母親の一件はどう見ても殺人事件。
下川芙美子の遺体は針金で固定されてたクローゼットから見つかった。
腹部と背に刃傷の痕、部屋の隅々に灯油が撒かれた形跡がある。
極め付けに兄弟は行方不明ときてしまった。
前夜に火事があり兄弟は行方不明、翌日母親が遺体で見つかる。
事故で処分できる事件じゃない。
「仮に闇夜に身を潜めて復讐心で動いているなら…、次に狙うのは」
「下川道雄、ですか?」
ご名答、益田は目前のカップを手に取って胃に珈琲を流し込む。
ほろ苦い珈琲が喉を潤した。
「俺が兄弟なら虐待した母親、それを見てみぬ振りした父親、両方怨むがな」
ま、一見解だけど。
益田は部下に失笑し、クイズのように彼女に問う。
「柴木、お前ならどうしている?」
柴木は整った眉根を潜め、静かにカップの表面を真上から見つめる。
「何も出来ず…世の中に絶望、しているような気がします」
というより、想像もできない。
自分は親の愛情、そして周囲の、他人の愛情を受けて生きてきたから。
そう言って柴木も珈琲を胃に流し込んだ。
「情のねぇ…物騒な世の中だよ、ほんと」
上司の無気力な嘆きを聞きながら。



