(あたしと普通に言い合ってた時は、普通だったじゃない。馬鹿。バーカ。ばーか)
弟のことで逆上した時、他愛もないことでそりが合わず言い争った時、単に弾みで口論になった時、普通だったではないか。
あれは傍から見れば、単なる口喧嘩。
彼は自分と普通に喧嘩し、機嫌を損ね、不貞腐れていた。
―…もし虐待のない世界の彼が今此処にいたら、彼はどんな生活を送っていたのだろう?
「治樹、無事だといいな」
思案に耽っていると、隣から心配の念。
「大丈夫よ」
やわな男じゃなさそうだし、寧ろ弟くんが心配よ。
朱美の言葉にご尤もだと浩司も頷く。
そうだな、苦笑いする優一の声に覇気はなく…、朱美は行方不明になっている兄貴に毒づいた。
友達にくらい連絡してやりなさいよ、と。
そんな奴友達じゃねえ、素っ気無い悪態が胸の内から聞こえてきた気がした。
一方、国立K大学付近喫茶店にて。
「物騒な世の中ですね。益田さん。
この兄弟、二年ほど前まで実の母親・下川芙美子と恋人にしょっちゅう暴行を受けていたそうですよ。
芳しくないニュースに気が滅入る今日この頃です」
「だな」上司は柴木の言葉に一つ頷いてソーサーにカップを置く。
聞き込みの結果、下川兄弟の素性が割れてきた。
大学二年の下川治樹、中学二年の下川那智は六つ違いの兄弟。
母親と恋人に暴行を受けて育ってきたが、一年前に実家を飛び出して以後二人暮らし。
親に生活面と学費の一切を払って貰っていたようだ。



