「入院費ってのは嘘か、なるほどな。
二百万を用意するために俺等の生活費を減らせて欲しいなんざ言ったのか。怪しまれないように」
身悶えている芙美子は、誰でもいいから助けて欲しいと涙目になってフローリングに爪を立ていた。
こんなに悲鳴を上げているのに、近所は気付かない。
まるで隔離されたようだ。
いや、今日は日曜、外出しているところが多いのだろう。
嗚呼、こんなことならば警察を一蹴しなければ良かった。
訪問でもしてきてくれれば、自分は助かるのに!
笑声漏らす長男の隙を突いて、芙美子は上体を起こすとフローリングを蹴って逃げ出そうと試みる。
しかし長男が器用に足を引っ掛けてきたため無様に転倒。
ベタンと体が叩きつけられ、折られた腕に響き、痛みに眉根をギュッと寄せる。
「那智、嗚呼、那智…、やっぱ俺を愛してくれるのはてめぇだけ。
俺から那智を奪うのは皆、敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵てき―っ!」
うわ言を繰り返す長男は、転倒する芙美子を執拗に暴行し始めた。
もはや芙美子は見えていないようだ。
手を上げては蹴りを、蹴り上げては手を、加減なしの暴行は昔とは正反対の光景。
力が有り余る長男に怯えながら、芙美子は何を間違ったのかを考える。
子を産んだことか、暴力を振るったことか、放置しておけば良い子たちを手に掛けようとしたことか。
最もたる“子を愛する”という行為を芙美子はすっかり失念していた。
抵抗も何も無い芙美子に長男は嬲ることに飽きたのか、
「張り合いがねえ」
誰かに連絡をするのか自分の携帯を取り出し始める。
黙ってぶたれていた芙美子だが、窓辺に立って電話を掛ける長男を見やり、今しかチャンスはないと最後の力を振り絞り、痛む体に鞭を打ってキッチンに逃げ込む。
護身用として研ぎ立ての長包丁を取り出すと、利き手でそれを持ち、長男に向ける。
殺人罪で捕まろうが何だろうが、このジャンクをどうにか排除しなければ自分の命が危うい。
子供に殺されるくらいなら殺した方がマシだ。
恐怖を通り越し、芙美子に闘争心が滾る。



