「一晩でこれだ。那智がいなくなったら俺が壊れそうだ」
きっと那智が完全にいなくなったら、俺、死んでると思う。
力なく笑って俺は那智に言う。
「兄さまの方が汚いな。
傍にいろって自分から言っておいて、結局は那智を傷付けて、心にも無いこと言って…。
守るって約束したのに、那智を傷付けてばかりだ。
泣かせてばかりだ、苦しませてばかりだ」
「にーさま」
「だけど俺はてめぇを手放せない。絶対にっ。
他人に取られるなんざ死んでも嫌だ。
那智が同級生と笑って会話してたって聞いただけで、俺は気が狂いそうだった。
嫌だ、俺は那智を取られたくない。
ずっと傍にいたのは俺なのにっ、那智のことを一番に理解してるのは俺なのにっ、那智は俺のなのにっ、他人から横槍されるなんざっ、どんな茶番だ!」
堰き止めていた気持ちが一気に吐き出される。
飢えている気持ちが本音という名の八つ当たりを那智にぶつけてしまう。
けど止められない。
「那智…、笑うなよ、兄さまが見ていないところで笑わないでくれよ。
恐いじゃねえか。取られちまうって錯覚するだろ。
ひとりぼっちになっちまうっ、兄さまはそれが恐いんだっ。
那智、てめぇは壊れたっていいんだ。
俺のことを好きだって思ってくれさえすりゃ壊れたっていい。
イラナイって言う日は、嘘でももう来ない。来させないから。
だから、他人に目を向けないでくれ」
もはや懇願だ。
だけど呆気に取られていた那智が見る見る綻んでいく。
「はい。兄さま」
誓うと返事をして、俺の右腕に目を向けると患部を一舐め。
兄さまの望むとおりに、うわ言のように呟いて患部をぺちゃぺちゃ舐める。
初めて見る那智の歪んだ、だけど純粋な笑顔だった。
まるで束縛されることを望んでいるみたいな…、笑顔。
それを綺麗で可愛い笑顔だって思う俺もつくづく救われない。
歪んでるな、俺等。
歪んじまってるな、俺等。
異常だな、俺等。



