「あれ…、三好先生いねぇな。
どーしよう。熱測りたいんだけど…、体温計は何処にあるんだろ。人がいてくれたらいいんだけど」
独り言を漏らす男子生徒に、おれはドキドキバクバク。
なんだか口内が乾いてきた。
「あ、そこに人がいるじゃん」
ええええっ、お、おれのことだよね。それ!
お、おれはいないことにして欲しいんだけど。
空気か何かと思って欲しいんだけど!
ダラダラ冷汗を流すおれの気持ちなんて察することも無い、その男子生徒はおれに「なあなあ」って声を掛けて顔を覗き込んできた。
びっくりして思わず硬直、手に持っていた問題集とノートが机上に散らばった。
「ぁぅ…」意味の成さない声だけが漏れる。
顔を覗き込んでくる男子生徒は短髪で、いかにもスポーツをしてますってカンジの気の強そうな男の子だった。
おれの様子に男子生徒はきょとんとした顔を作る。
「驚かせた? 悪い悪い。
なあ、体温計何処にあるか知んね?」
「ぁ…こ…こっち」
早くおれから離れて欲しかったから、急いでおれは体温計のある台まで案内した。
「サンキュ」
礼を言ってくる男子生徒に会釈して、おれは早足で席に戻る。
お、驚いた。
まさか声を掛けられるなんて思わなかったんだ。
初めてかもしれない。
大抵の人はおれをいない存在として保健室で用を済ますから。
でもこれで、「保健室って静かだよなー」ビックゥウ!
おれはまたしても硬直、背筋を伸ばして、ぎこちなく振り返った。
気さくに話し掛けてくるのは、さっきの男子生徒。
脇に体温計を挟んで、わざわざ椅子を片手におれの隣にやって来る。
今日は厄日かもしれない…。
心中で嘆くおれに対し、男子生徒は椅子にどっかりと腰掛けてくる。
おれの机上に散らばってる問題集に視線を眺めた後、名札を覗き込んでくる。
「下川?」疑問系から一変、思い出したように膝を叩いておれを指差した。