【自宅の寝室にて】
(PM08:15)


スーッと寝息が聞こえ始める。
ようやく落ち着きが那智に戻ってきたみたいだな。


俺はホッと胸を撫で下ろして、那智に毛布を掛けた。

んでもって荒れた食卓に目を向けた。


あの後、那智は激しく取り乱して折角の食事を無差別に払い始めた。

直ぐに押さえたから被害は少ないけど、那智は母親が帰って来るとしきりに怯え、狂ったように謝罪を始めた。


「母親が雇い主だって知って、那智、また虐げられるって思ったんだろうな」


鳥井に襲われたことより、母親が俺等を嗾(けしか)けにきた。
嗚呼、また虐げられる日々が始まる。


那智はそれに怯え、臨界点を超しちまったんだろうな。

夜になればなるほど、母親のことを思い出したんだろう。
さっきみたいに取り乱しちまったんだ。


俺のトラウマは孤独だ。

ひとりになることを何より恐れている。


那智のトラウマは母親だ。

母親の暴力を何より恐れていた。


俺以上に怯えていたと思う。

母親が帰宅するのをガタガタのブルブルで、待っていた記憶がある。
機嫌が良い日ならまだしも、悪い日は最悪、執拗なストレス発散道具の刑が俺等を待っていた。

恋人とタッグ組まれたら最高に最悪。

その日は厄日だと嘆くしかない。
それくれぇ悲惨だったんだ、奴等のしてくれたことは。


那智は俺と違って気が弱いから、母親の暴力と暴言と形相が苦痛でならなかったんだろう。


「またあの日々が始まるって怯えてるんだよな。那智。
でも大丈夫だからな。守ってやる。

―…俺達の世界を壊す奴は逆に壊しちまおうな。もう抵抗できる年頃だ、俺も、てめぇもな」


俺ひとりだったら母親は恐い・そして逆らえぬ存在極まりなかっただろう。

でも俺には那智がいる。
だから、逆らえる存在なんだ。

母親がいなくたって俺を必要としてくれる奴はいるしな。


「大目に見てやってたのに…、なあ? 那智。俺等の母親は酷いな」


クスリと笑って、俺は眠る那智の腹を優しく叩いた。