「しかし那智、お箸は二本揃って一膳と呼ぶに相応しい道具なんだが」
一本だけ用意されている箸。
これじゃ一膳じゃなくて半膳だな。
うん? 首を傾げる那智は本当に情緒不安定且つぶっ飛びようが半端ないようだ。
俺の言ってることがよく分からないらしい。
「物を刺して食う。まあ、それも原始的且つ初歩的な食事手法ではあるけど、間違っちゃねけど、日本人は二本で食べるのが主流だ」
「うぅう…、よく分かんないけどごめんなさい」
兄さまに叱られた。
シュンと落ち込む那智に、俺は「誰にでも間違いはある」と言葉を掛け、怒ってないことを告げる。
普段の那智ならぜってぇしねぇよ、こんなこと。
今の那智は壊れかけ一歩手前、だな。
やっぱ…マズッたかもしんねなぁ。昼間のこと。
鳥井と寸前までやり取りさせちまったから……、それとも、那智、雇い主のことで。
取り敢えず、箸を揃えて頂きます。
奇妙な夕飯を二人で取り始める。
マグカップに白飯…、まさか那智の奴、珈琲の素とか入れてねぇだろうな。些か不安なんだが。俺が作れば良かったな。
「あ、こら、那智。手で食べるんじゃねえよ」
最初から箸という道具を使わず、原始的に物を食い始める逞しい野生児に俺は待ったを掛ける。
ぶっ飛んだ那智にはよくあることだ。
奇妙奇怪な夕飯はともかく、手掴み食いは驚くことじゃねえ。よくあることだしな。
台拭きを手に取って、俺は向い側からグルッと回って那智の隣に腰を下ろす。
ベタベタになってる手を拭いて、クシャッと頭を撫でる。
「今日は兄さまが食べさしてやるから」
「あぅ…、兄さま、兄さま」
「どうした?」
那智が突然ブルブルと震え始めた。
デジタル時計を目にしてはブルブル、明らかに恐怖に震えている。
「那智、どうした。恐いことがあるのか?」
「兄さま、お母さん、いつ、帰ってくる? 何時に帰ってくる?」
「那智…、母さんは此処にはいねぇぞ。大丈夫だ」
「恐い、恐いよぉ。今日は何されるっ、恐いっ、恐いっ、恐いっ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「那智、馬鹿、落ち着け―――ッ!」