と、那智が汚れている俺の手を握ってくる。
迷うことなく握って、しっかり結んでくる。凝固が始まっている他人の血にまみれた俺の手を、しっかりと。
「汚れるぞ。今の兄さまの手は汚らしい」
那智に言えば、
「汚いのは他人の血…、兄さまの手は綺麗でアッタカイです」
兄さまが汚れてるなら、おれも一緒に汚れます。
那智のあどけない言葉に、俺は救われた気がした。
誰もがこの手を汚らしいと思う手を、たったひとりの肉親だけは綺麗だと言ってくれたから。
俺もその手を握り返す。
しっかりと。
それだけじゃ足りなくなって、俺は日差しさえろくに当らない路地裏の途中、足を止めて、片割れの体躯を抱きすくめる。
片割れの軽い通学鞄が地に落ちた。構わなかった。
湿気た臭いが嫌に鼻に付く路地裏で、俺は汚れた手をそのままに、繋いだ手もそのままに、片手で片割れを抱き締め続ける。
「兄さま」
片割れの手が肩甲骨辺りに回ってきた。
「名前がいい」
俺の我が儘を受け止め、那智は固有名詞を口にする。
「兄さま…、治樹兄さま」
「ん、もっと」
「治樹兄さま」
嗚呼、必要とされてる。
母親は俺を消そうとしてるけど、他人は誰も俺を必要としてないけど…。
たったひとりだけ、肉親だけが、俺を必要としてくれてる。
名前を呼んでくれてる。
胸が熱くなった。
どうしようもない、那智に対する兄弟への愛情が俺を支配する。
愛しいと思う。愛し過ぎて発狂しそうだ。
これは恋愛感情なんだろうか、それとも、やっぱり家族への情愛なんだろうか。
グルグルと愛情が体を循環する。