「成る程な、てめぇを雇って俺等に危害を加えようとしてたのは下川芙美子か」
苦しげに呼吸を繰り返す男は横っ腹を押さえながら辛うじて状態を起こす。
俺の登場に、零れんばかりに目を見開いていた。
予想外ってか?
大変遺憾な事に、二度も三度も四度も那智を取られるような馬鹿兄貴じゃないもんで。
「前回はよくも那智を傷付けてくれたな」
冷然と男を見据える。
不思議と笑えてきた。
嗚呼、お笑い種じゃねえか。
俺達を勝手に産みやがった母親がよ? 勝手に息子達の命を脅かそうとしてるんだぜ? 笑い話の他に何になる。
クスクス、から、あははっ、んでもって大爆笑。
もうお笑いもいいところだ。
刃の輪郭をなぞるように、軽く舌を這わせて恐怖に慄いている男にニッコリ。
まだ笑声が漏れる。
「再三聞くが俺等の母親が、てめぇを雇ったのか。なあ?」
ゆらっと行動を開始する俺に後退する男。
「足が邪魔だな」俺は端然とナイフの刃先を地面に向ける。
次の瞬間、地を蹴って素早く男の硬そうな右太腿に刃を食い込ませる。悲鳴が鼓膜を破りそうだったけど、俺は総無視して、相手の顔を覗き込む。
さぞ俺の顔は歪んでるに違いない。
俺自身は、甚振り甲斐がある獲物を捕まえた感じ。すげぇ愉しい。
どす黒い液体が地面にじんわり広がる中、俺は質問を繰り返した。
「これが最後だ。俺等の母親が、てめぇを雇ったのか」
ガクガクガク、男は頷く。
ふーん、俺は相槌を打ってナイフをすっぽ抜く。
鮮血がどばっ…、あ、手が汚れちまった。
それは酷く薄汚れたものに見えた。ばっちいな、おい。
「母親がねぇ。そんなに俺等が邪魔ってか。玩具扱いしておいてっ、ククッ…、そりゃ愉快話極まりねぇ」
俺をあれだけ孤独と不安と狂気に陥れて、暴行、暴言、熱湯、飯抜き、色んな苦行を味わわせておいて、挙句不要物かよ。
嗚呼、実の親でさえ敵なんだな。
ま、最初から敵だったわけですが。
味方なんて露一つ思っていなかったわけですが。
腹を抱えて笑う俺は目尻の涙を拭う。



