夜、8時ぐらいに、母が帰ってきた。


「ただいまー」


階段下から、母の声が、自分の部屋で机に向かう私に投げられる。


「彩子、夕飯、ハンバーグで良い?」
「うん」


私も精いっぱい、母に聞こえるように、返事をした。


母の声は聞こえなかったが、恐らくそのままハンバーグ作りに取り組んでいるのだろう。


「彩子」
「はーい」
「あと30分したら、隼人君を呼んで」


隼人の部屋は、私の部屋の隣にある。


窓には、時々隼人のシルエットが見えるときがある。


だから、自分の部屋の窓を開けて、


その窓をたたきさえすれば、アイツには知らせることが出来た。


でも、その距離は、近くて遠い。


誰にもわからない距離が、そこにある。


「はぁ、面倒くさいな」


私は机の上に置かれた携帯電話を取って、アイツにメールを送る。


『30分したら来い』


どこの脅しメールかと思えるような文面。


アイツには、絵文字なんか使ったことは無い。


使う理由がないし、アイツも、私のメールには絵文字を使わない。


メールを送信して、1分もしないで、バイブが鳴り響く。


『了解』


ほら、これだけ。


いつもこれだけ。


「まったく、迷惑なんだよ!」


私は携帯に向かって、そうつぶやいた。