「ただいま」


家に帰ると、誰もいない。


母はまだ、仕事から帰っていないのだろう。


家に帰ると、私はまず、ご飯を炊いて、洗濯物を取り込み、それからお風呂を掃除する。


大体30分ぐらいで終わっちゃうから、楽なものだ。


食事を作って、洗濯をして、仕事までしてくれる母に比べれば。


ベランダに出ると、隼人の家のベランダがよく見える。


男一人だから、洗濯は3日に一遍で足りるらしい。


ふと、隼人の家ベランダを見た。


そこには、植物が飾られている。


ずっと昔から、隼人の家のベランダには植物が飾られている。


隼人のお母さんが亡くなる前から。


不意に、心の奥が痛くなった。


痛みの原因は、分かっている。


でも、思い出したくなかった。


思い出せば、きっと私は呼吸できなくなる。


息を吸い込む度に痛むその傷は、未だに癒えることなく、


そのままにされている。


私は眼を閉じ、深く息を吸った。


靄に包まれた、傷を作りだした過去を、心の奥の奥にしまい込む。


秋の涼しい風が、私の頬をかすめた。


夏の暑さの混ざる秋の風の涼しさが、痛みざわつく私の胸を、静めてくれた。





「・・・ごめんね、隼人」


独り言が、こんなに空しく感じるなんて。


気持ちを切り替えたくて、私は頭を左右に勢いよく振って、


洗濯物の取り込みを始めた。