牧が我に帰ったように、藤木の方を向いた。


「あぁ。昨日、友人に君の論文を見せたら大層興味を持ってな。

是非君に今度の刑法学会で発表するように言っていたよ」


「本当ですか?」


彼が大きな声をあげた。


「あぁ。それも、友人は・・・ほら、彼だ。野村君だ」


「野村先生ですか?それは光栄です」


野村教授は、法学者として立法分野で活躍している有名な教授であった。


「それに、学会の発表が成功すれば、

今度の国費留学対象者に、君を推薦したいとも言っていた」


「・・・本当ですか?」


昨年、1年間の留学を経て、更なる研究を進めたいと思っていた彼には、


願ってもない機会だった。


「お母様の心配はするな。

また前の留学のときの様に我々の所に来れば良い。

うちの家は、部屋は腐るほど空いているから」


牧はそう言うと、立ち上がって藤木に近づいて来た。


そして、彼の肩を軽く叩いた。


藤木は、ただその唇に微笑を称えていた。


「では先生、僕はそろそろ授業の準備をしなければ」


彼は自分の研究室へと戻って行った。


ばたん、と扉の閉まる音が研究室に響く。


その音は、いつもより小さく、牧には聞こえていた。