「財閥のお嬢様で、あんなに端麗な容姿であるにも関わらず、

今回の見合いが初めてではないと聞いている。

それに見合いの席ではずっと膨れっ面。

一言も喋ろうとはしない。

きっと今までもあんな調子だったのだろう。

それに帰って来た時、彼女の靴は土で汚れていた。

よほど二人で歩いたに違いない。

普通お嬢様は靴が汚れるほど歩くことはない。

体力が無いからな。

しかし、彼女はそれほどまでに歩けるほどの体力がある。

以上の要素からかかる結論を導き出せないのであれば刑法学者失格だ。

加えて、君のお母様も嫁がれた御姉様も、同じような性格をしていらっしゃるからね」


彼の顔が仄かに赤くなる。


病気になる前の母も、嫁いでいった彼の姉も、


女性にしてはしたたかであった。


姉にいたっては、子どものころ何度泣かされたことか。


それに比べて、父は温和で、怒鳴ったりしたことはなかった。


事実、彼女から叱られた時、彼は一瞬懐かしい気持ちになった。


幼い頃、


母からよく「堂々と物を言えるように」と怒られた事を思い出したのだった。


それ故なのか、どうも良家のおしとやかなお嬢様には苦手意識があった。


一度だけ、父親が存命の頃、


親戚の勧めで他大学の教授の娘と見合いをしたことがある。


しかし、足が痺れた事しか記憶に残っていない。


それ以来、見合いの申し出は全て断ってきた。


彼女に会いたくない、と言えば嘘になる。


正直に言えば、会った瞬間、その美しさに目を奪われた。


あのはっきりした性格も、嫌ではない。


むしろ、いわゆる『好み』の婦人なのかもしれない。


しかし、『結婚』という文字は、未だ彼には遠く感じられた。


それを語るには、未だ早過ぎる気がしてならなかった。