その日は、秋晴れと言う言葉がぴったりな日だった。
太陽がさんさんと輝き、外を歩いていると、暑さすら感じられた。
藤木の留学の話は、想像以上に早く進んでしまい、
野村が牧の研究室を訪れた日から、たった2週間もたたないうちに、
藤木は独逸へ旅立つことになってしまった。
それからの2週間は、彼にとって大忙しの毎日だった。
大急ぎで荷造りをしなければならず、
大学の手を借りて、研究室の本を、馬車で家まで運びこみ、
独逸まで持っていくものを選定するだけで1週間はかかった。
持っていく服は、――服時自体あまり持っていなかったが、――
長い船旅の為に、と、母親が大急ぎでこしらえることになった。
近所と、そして姉夫婦や親せきに挨拶をして回り、
野村と牧が開いた、独逸留学を祝うパーティに参加し、
母との1日を大切に過ごしているうちに、
その日は訪れたのだった。
「体には、気をつけるのよ」
港には、船へ乗りこむ人たちを見送りに来た人で溢れていた。
しばらくの別れを悲しむ人々が、思い思いの言葉を口にするせいか、
港は非常に騒がしかった。
「うん、大丈夫だよ」
母は心配そうに藤木の手を両手で包みこむように握る。
「母さん、初めての留学じゃあるまいし」
「分かってる。それでも、心配するのが親ってものよ」
気のせいか、母の眼が少しうるんでいるように思えた。
思えば、壮介一人なのだ。
母親の傍で、母を支えることが出来るのは。
病弱な母を置いていくのは、やはり彼の心配の種の一つだった。
しかし、それを理由に留学をしないなんて言えば、
母は怒るに違いない。
「この意気地なし、ヒトのせいにするな」と。



