雨音色

「・・・は・・・」


牧は、文字通り言葉を失った。


ただ目を見張り、タマを見つめている。


訳が分からない、顔にはそう書かれていた。


「確かに、・・・反対していなかったといえば、ウソになります」


静かに、タマが語りだす。


静かな研究棟の、この場所の空気だけが、妙に騒がしかった。


「・・・私は、・・・山内家の女中でございます。


幸花お嬢様が幸せになれることが、私の職責でございます」


そうタマが呟くと、ざわ、と木々の葉がざわつく。


野村が、不意に顔を上げた。


窓の外から見える木が、その葉を少し大げさに揺らしていた。


「・・・牧先生」


野村が立ち上がり、ただ立ち尽くしている牧の背中に手を置いた。


「法律を作る人間がこんなことを言うのはおかしいとは思うが」


ごほん、と大きく咳払いをすると、


野村は外にまで聞こえてしまいそうな大きな声で、こう言うのだった。


「我々の考える責任、義務、権利なんて、所詮は人間が勝手に作りだした虚像だ。


それに縛られて生きていかなきゃいけないなんて、


人間が勝手に決め込んでいるにすぎない。


我々が作った義務や責任を、我々が勝手に背負い込んで、苦しいと叫んでいる。


・・・人間以外に、それを我々に望む存在など、いるのだろうかねぇ」


ははは、と大声で笑うと、野村は部屋の出入り口に近づいた。


そして、被ってきた帽子を頭の上に乗せて、彼はドアノブに手をかける。


「さてさて、私は政府に戻って、留学の件を処理するとしようか」


そう大声で言った途端に、彼は何かを見計らうかのように、ドアを勢いよく開く。


「おや、張本人がお出ましのようだね」


ドアの前には、逃げ遅れて、慌てた様子で一歩引いている藤木がいた。


「ほら、本人がいなきゃ、始まらんのだよ」


ははは、と再び大声で笑って、野村は颯爽と廊下を歩き去って行った。