強い雨だった。


明りすら満足に無いこの時代、


互いの姿を認識するには、時間が必要だった。


2人は、傘もささず、ずぶ濡れになって、佇んでいた。


「・・・奇遇・・・です、ね」


言葉が見つからず、彼は思いついた言葉を口にする。


雨の音にかき消されそうになったその言葉は、かろうじて彼女に届いたようだった。


目の前の彼女は何も言わず、


ただ、頭を上下に小さく動かしていた。


聞こえるのは、雨の音。


見えるのは、夜の闇。


秋へと向かう雨は、不思議と冷たくなかった。


「・・・何故・・・ですか?」


震える声で、彼女は呟くように言った。


彼はゆっくり、更に彼女に近づく。


そして優しく、その肩を両腕で抱いた。


雨音に混じって聞こえる、心臓の鼓動。


それは、普通のテンポより、少し早いように思えた。


「・・・やっぱり、嘘は付けないものです」


ため息交じりに響く声。


彼女は彼の顔を見上げた。


互いの視線が、ぶつかり合う。


抗うことすら許さない、その優しい頬笑みが、


彼女の体の震えを止めた。


彼はその腕に力を抱いて、彼女の耳元に言葉を零す。


「心が泣くのです。貴女に会えないと」


彼の腕に、更に力が入る。


不意に、彼女の瞳から一粒、涙がこぼれた。


「・・・私も・・・」


彼女の腕が、彼の背中へと回る。


ぎゅ、と彼の服を掴んだ。


「幸花さん」


その響きは、とても甘く、彼女の耳を優しく撫でた。


「・・・はい?」


闇に慣れた瞳に映るのは、ずっと恋い焦がれていた、その人の笑顔。


少し間をおいて、彼は勇気を出して呟く。


生まれて初めて、口にするその言葉を。


「愛しています」


大きく響く雨音は、外の全てを遮断し、その世界を彼らだけのものにしてしまう。


雨は、止む事を忘れた様に、降り続けていた。