「最近の北の動向について、君が上げて来た報告書だが、少し心配し過ぎなんじゃないか?」

 警視庁公安部テロ対策課に勤務している河津警部は、自分が提出した報告書に対して、歯牙にも掛けない物言いをする南雲課長を冷ややかに見つめていた。

 この春、同じ公安部内から異動して来た新任の南雲課長から、今後一番脅威となりそうなテロ組織の報告分析を求められていた。

 河津は、数年前から国内で破壊活動を起こしそうな組織の監視に当たっていた。

「外事課北朝鮮班からの情報も加味して考えて行けば、彼等が朝鮮半島以外の場所で何らかの破壊活動を起こしてもおかしくない状況になっています」

「その理由を君は北側の権力移行に伴う内部分裂による暴発、そして、それらの過激行動を黙認する事で、外交上のカードにしようと目論む穏健派の思惑が合致しているとある。一昔前の半島分析家が呪文のように唱えていた文言が、こうして又私の目の前に現れた。君も必要以上に恐れろと言うのか?」

「はい。ですが以前とは少し状況が違って来ています。今回は総書記の後継者が政治の表舞台に初めて登場するのではと思われています」

「何十年振りかで行われる党の代表者会議の事か?」

「はい。長きに渡って総書記の身辺にいて甘い蜜を吸っていた連中が、そのまま新しい指導者の下で信頼を得られる望みは殆どありません。新しい体制の中に自分の存在を印象付けようとして、何らかのアクションを起こすと思われます。それに」

「それに?」

「報告書にも書きましたが、ここ数ヶ月間に於ける工作員達の失踪は、短期間に集中しております。出国の形跡も見当たりません。明らかに何らかの準備で地下に潜ったものと思われます」

「具体的に何人が姿を消しているんだ?」

「こちらで把握している者だけで七人」

「他にもいそうな口振りだな」

「マークし切れていなかった新顔の工作員が四、五人……」

「少なくとも十人は下らないという事か……」

 南雲は渋い表情をしながら、公安外事課で北朝鮮専従班の責任者をしている山井の顔を思い出していた。