このところの北朝鮮の恫喝外交に、朝鮮総連本部は本国と一歩距離を置く姿勢を見せていた。

 何といっても、彼等は民主主義国家である日本が生活基盤だ。

 祖国統一は悲願であっても、その思考の本は豊かな自由主義国家から得た現実主義だ。

 非現実的になりつつある現行の独裁的社会主義体制では、世界に認められないし、何より民族の統一は無理だと判っている。

 が、総連内部の意識がそれで統一されているかというと、決してそうではなかった。

 緩やかな統一を望む者達に対し、はっきりと異を唱えるタカ派が存在しているのも事実であった。

 李哲男は、総連内に於けるタカ派の中で、急に頭角を現して来た人物だった。

 特にこの数年、北朝鮮が首謀と見られる覚醒剤密輸や偽札事件では、必ず彼の姿が見え隠れした。

 一方で、北朝鮮本国の軍内部にも独自に過激行動を起こそうというグループがあり、それらが日本国内の過激行動派と繋がっていた。

「奴の次の狙いをきちんと察知し、対処しなければならん。奴らに好き勝手やられたのでは、相変わらず日本はスパイ天国だなんて笑われてしまう。これだけの期間、奴が姿を消しているという事は、間違いなく本国へ帰っているのだろう。それも、新たな工作準備でな。今度李がこの国の土を踏んだら、二度と好き勝手させるな。最悪、身柄の確保が無理な場合は……」

 山井課長が言葉を濁した意味を、柏原は充分に理解していた。

 警察官としての職務を逸脱する行為……。

 柏原の胃から、苦いものが込み上げて来た。