柏原は、苦虫を噛み潰したように渋い表情をしている、山井課長の言葉を待った。

 上司の不機嫌さは、自分が提出した報告書が原因であった。

 それにしても、無言でいられるのは辛い。

 自分のへまを詰られているようで堪らなかった。

 確かに、マークしていた人物の動きを見失った事は、自分の職務としては大いにマイナスポイントだ。

 だが、柏原にも言い分はあった。

 現状で二十四時間監視を続けるのは、無理がある。

 交代人員は僅かに二人。

 平均一人当たり十時間近く対象人物に張り付いていた。

 相手にこちらの存在を察知されずに監視を続けるには、割り当てられた人員が少なさ過ぎた。しかし、その事を公に口には出来ない。

 その監視対象人物が、二ヶ月前から姿を消したのだ。

「出国の形跡は間違いなく無いんだね?」

「はい」

 そう返事はしたが、彼等は入国する際も人知れずやって来る。

 深夜、人気の無い海岸から、ひっそりと沖合で待つ偽装漁船に小型船で乗り込まれたらお手上げだ。

 柏原がマークしていた人物とは、北朝鮮の工作員で、名前は李(イ)哲男(チョンナム)。日本名、星本哲男。

 彼の名前が警視庁公安部外事課北朝鮮セクションの中で浮かんで来たのは、最近になってからである。