自らの目論見が叶わなくなったと失望した喜多島は、演説終了後、割腹自殺をし、その首を介錯させた。

 事件はセンセーショナルに全世界を駆け巡った。

 三山の生まれる前の事件であったから、細部まで記憶していた訳ではなかったが、概要は知っていた。

「狂信的な喜多島信者による悪戯、そういうふうに最初は考えたのですが、それにしては手が込み入り過ぎていると思いませんか?」

「そうねえ…でも、具体的な事はまだ何も起きていないんでしょ?」

 川合俊子は、自分のケータイ電話のメモ帳機能に取り込んだ一文を三山に見せた。

『我等が必要とされる時が訪れた。

 楯のみでは我が身を護れない。

 手にした剣は、身に迫る脅威を排除する為に使われるものなり。

「剣は鞘を走る」

 目覚めの時なり』

 声にしてその一文を読んだ三山は、それでも余り関心を示さなかった。

「サイバーパトロール課は、ネット上で犯罪になりそうなものの芽を摘む役割もあるけれど、それは実際に被害者が現れそうとか、そのサイトや書き込みが明らかに法に触れているかじゃないと、捜査対象には出来ないわ」

「それはそうでしょうけど……」

「この一文では、犯罪を助長しているとか、誘っていたり促しているというふうには受け取れないもの。それに、自衛隊と繋がりがありそうだって事だけれど、それだって確かな訳じゃないでしょ?」

 三山の言葉に、三枝と川合は顔を見合わせ、肩を落とした。

「下山さんには話していないのよね?」

「あの人は実際に事件が起きても動かない人ですから」

「今の言葉は聞かなかった事にして上げる。元上司からのアドバイス……走りたがる部下にブレーキを掛けるのが上司の役目ではあるけど、手綱を緩めるのも上司の役目……。自発的な監視は続けてもいいかもね」

 意気込んで相談したものの、思った程の反応を三山から得られなかった二人は、元上司の気遣う言葉など耳に入らなかった。