1970年の亡霊

 河津は捜査本部どころか、本庁にも一切連絡をせずあのまま単独行動を取っていた為、今夜行われる強制捜査の件を知らなかった。

 その河津の姿は静岡の清水にあった。

 漁業が盛んだった頃は、駅前から伸びる繁華街の道筋も、今はすっかり寂れてしまい、まだ宵闇だと言うのに人の通りはまばらだった。

 JR清水駅から在来線の線路沿いに掛けて、朝市の名残のように古い商店が点在していた。港から吹く風に潮の匂いを感じる。が、その道を一人歩く河津には、そんな情緒を感じ取る心など無かった。

 彼は、蒔田登の叔父と会うためにわざわざやって来たのだ。蒔田登の両親は既に他界し、母の弟に当たる者が唯一残った親族であった。
 
 その家は、清水区役所を越えた港側にあった。

 元は商店でも営んでいたのであろうか。広い間口とガラスの引き戸。そして入り口の土間がそれをうかがわせた。

 警視庁の捜査官を名乗る男が突然やって来たものだから、家人は何事かと思った。しかも、その身なりはとても刑事には見えず、応対に出た家人は、最初新手の詐欺か何かと思った程だった。

「蒔田登……」

 刑事と名乗るその男が、ぼそりと口にした名前で家人は漸く悟った。

「季節外れの幽霊が来やがった……いや、これはすいません。しかし今頃、何を聞きに来られたんですか?」

「伺いたいのは、彼の兄の事です」

「兄?」

 小首を傾げる家人の反応に、河津は何と無く嫌な胸騒ぎを憶えた。

「典孝という双子の兄がいた筈ですが」

 暫く家人は考え込み、

「ひょっとして、あの子の事かのぅ……」

 と言った。