1970年の亡霊

 自ら破滅の道を選んだ人間が、阿修羅の面を脱いだ時、その下にある菩薩の顔が現れる。

「気分が良さそうですね」

 冬の陽だまりにも似た匂いが、垣崎の表情から窺えた。

「死を賜る為にこうして生きる糧を恵んで貰っている……。何とも税金の無駄遣いだな」

「無駄なものって、世の中にあるのでしょうか……」

「敗者や落伍者を慰める為に、よくそういう言葉を使う訳知りがいる。だがどうだろう。やはり世の中には、確実に無駄なものはある。それは人間に於いても然り……。ならば人間に於ける無駄とは何だ、それは、その者の内に潜む精神に起因する……」

「『炎上』……の一節ですね」

「よく読んでいらっしゃる……」

「『我等が必要とされる時が訪れた。

 楯のみでは我が身を護れない。

 手にした剣は、身に迫る脅威を排除する為に使われるものなり。

 剣は鞘を走る

 目覚めの時なり』

 これって、貴方が書いたものですね?」

「喜多島先生を気取ったつもりだったが、私には文才というものが無いようだ……」

「決起を促そうとして、あのようなものをネットへ載せたという事なのでしょうけれど、実際にあの文を読んで立ち上がった人は居たんですか?」

「……」

「すいません。何だか尋問口調になって……」

「貴女には、そうする責務と権利がある。だが、私にはそれを拒む権利がある……」

「あの廃校で、一般人を拘束していましたけれど、空挺部隊が襲撃して来た時に殺されました。その方、区の職員をなさっていた方で、もう直ぐ初めてのお孫さんが生まれるところだったそうです……」

 その話を聞いた垣崎は、じっと天井を見つめていた。