1970年の亡霊

 河津が帰った後も、三山は暫く考え込んでいた。

 自衛隊のクーデター。

 それは先日、加藤に三山自身が口にした言葉であった。

 自衛隊内部でクーデターの計画があって、その事を死んだ川合俊子が知ったか、或いはそれに繋がる何かを掴んだ。

 自分達が巻き込まれた事件と、都内で起きた爆破テロとが繋がっている……

 河津は、政府発表の北朝鮮工作員の犯行を暗に否定していた。

「でっち上げの可能性が高い」

 とまで言い切った。

 今、何故自衛隊がクーデターを計画する必要があるのだろうかという疑問もある。

 イラク派遣以来、インド洋での海上給油、掃海艦による機雷除去など、自衛隊に対する国民の意識は変わった。世論調査でも、自衛隊は必要だという声が高くなっている。

 理解を得られるようになった今、敢えてクーデターを起こしてメリットがあるのだろうか。考えれば考える程、答えが見えなくなって行く。

 河津の仮説の通りならば、自分のような一捜査官が太刀打ち出来るような事件ではない。いや、自分だけではなく、警察の力を全て集めても、そう簡単に敵う相手ではない。

 政情不安定な国ならば、軍部のクーデターも非現実的だとは思わない。しかし、民主国家として戦後先進国の仲間入りしたこの国で、それが現実に起こり得る事なのであろうか。

 だが、現実に爆破テロは起き、首都は戒厳令さながらの状況になっているのだ。

 堂々巡りの迷路を彷徨っているような気分になっていた中で、何と無くパズルの一つが填まり掛けたような気がして来た。