1970年の亡霊

 連続爆破テロ後の東京は、数日続いた暴動状態からは脱したかのように見えたが、治安の悪化は深刻の一途を辿った。

 真っ昼間から、ひったくりや路上強盗が横行した。夜になれば、路地の至る所で女性が襲われた。

 コンビニなどは相次ぐ強盗事件で、深夜のアルバイトが集まらなくなってしまい、閉める店舗が続出した。

 歌舞伎町や渋谷、池袋等の繁華街では居酒屋までもが夜十時以降の営業を自粛し始めた。

 数ヶ月前までなら、仕事帰りのサラリーマンやOL、若いカップル達で溢れていた往来が、夜になるとゴーストタウンになる。

 防刃防弾チョッキとヘルメットで身を固めた機動隊員ばかりが目立つ。

 その彼等も、毎夜何処かの街角で暴徒に襲われ、拳銃を奪われた。

 奪われた拳銃が、次の犯罪に使われ、新たな被害者が生まれる。

 深夜の繁華街に巣食うヤクザや不良外国人達が、ここぞとばかりに暗躍し、衝突を繰り返す。悪循環であった。

 都市部での治安悪化が、まるで疫病のように地方都市へ蔓延して行く。

 以前からタカ派で知られていた都知事は、未だ何ら手掛かりの掴めない爆弾テロ犯の動向に神経を尖らせていた。

 警察庁は、爆弾テロ犯検挙と治安回復を全ての部分で優先順位と位置付ける事にした。

 そんな状況下で、少しずつ深刻の度合いを深めて行ったのは、中国人やアフリカ系を中心とした不良外国人達の凶悪犯罪や、爆破された刑務所を脱獄した凶悪犯達であった。